参議院のホームページから紙智子、大門実紀史両参院議員の質問が動画でご覧になれます

 

大門 実紀史

 

2012年3月5日 「あんた賢いなあ」 

  この間、わが党の「消費税大増税ストップ! 社会保障充実、財政危機打開の提言」をもって、日本チェーンストア協会(大手スーパーやコンビニチェーンの全国組織)や中小企業家同友会など各界の中央団体と懇談をしてきました。

 各団体とも、消費税とデフレや財政再建の関係など、幅ひろく意見交換することができ、将来の国民負担のあり方についての考えは違っても、現下の経済情勢で消費税増税をすべきではないという点ではおおむね一致することができました。

 また被災地では「これから復興というときに、消費税増税なんてとんでもない」という怒りの声があがっています。

 先日、震災復興問題で、宮城県の商工会議所を訪問したとき、消費税が話題になりました。この間、被災地の商工会議所では、面倒見のよいわが党への信頼が高まっていますが、もともと自民党支持の強いところです。役員の方が「全体で消費税を上げるのは仕方ないが、宮城県だけは上げるなと首相に言ってくれ」といわれるので、「それは無理でしょう。宮城県だけ消費税が五%で他が一〇%になったら、日本中から宮城県に買物に来て、モノ不足で物価が暴騰、一〇%どころじゃ済まないですよ」と説明し
たら、「あんた賢いなあ」と褒められました。

 明確に反対の声をあげてもらうまでにはもう少し時間がかかる気はしましたが、日本共産党と商工会議所が打ち解けて消費税の話ができるまでの関係になったことを嬉しいなと思いました。

 

2012年2月13日 「深川駅にて」 

 今年の初め、札幌駅前のデパートで、冬底の靴を買いました。店員さんが「これなら大抵のところは滑りません」と保証してくれました。
 
 ところが先日、その靴で旭川の町を歩いていたら、すってんころりんと転倒。一緒にいた道議の真下紀子さんと市議の石川厚子さんに両腕を支えられ、やっと起き上がることができました。お尻の痛みをがまんしながら、冬底といえど過信してはならない、さいごに頼れるのは自分の身体能力と女性のやさしさだけだとおもいました。
 
 その翌日は、秩父別温泉で旭川民商の学習会。雪道を一歩一歩、踏みしめながら歩きました。
 途中、深川駅の駅舎で、時間調整。外は雪がちらつき、駅舎の中には、数人の高校生と私だけでした。ストーブに当たりながら、地元産のトマトジュースを飲んでいると、黄色いスカーフをかぶった白い長靴の八十歳くらいのおばあさんが入ってきました。おばあさんは売店の女性にあいさつをし、温かい缶コーヒーを買いました。私の目のまえに座って、ごくりごくりと美味しそうに飲まれるので、「温まるでしょ」というと、「ほいほい」と嬉しそうな顔。これから旭川にいる娘のところに遊びに行くとのことでした。

 おばあさんの白い長靴は、溶けた雪で光っていましたが、ぴったりと足に吸いついているように見えました。靴と身体と気持ちが一体になれば、滑って転ぶことなどないのかな、改札で手を振ってくれたおばあさんの姿を見て、そうおもいました。

 

2012年1月23日 「忙中遊あり」 

 昨年の秋からブログをはじめました。ときどき思うことをつづればいいと、タイトルも気楽に「忙中遊あり」と名づけました。ところが始めてみると、駄文、雑文のたぐいにもかかわらずアクセスが急増。アメリカやロシアからも閲覧があり、サボれば国際的な信用問題に発展することも懸念され、ほとんど毎日ブログを書くはめに。いまや「忙中忙あり」の状態ですが、感想や激励のメールを頂いた時はやはり嬉しい。
 
ブログで紹介した絵本『パパはジョニ―っていうんだ』は、大好きなパパと離れ離れにくらすことになった男の子のせつない気持ちを描いたもの。絵本を読んだ東京の男性から、「涙がとまらず、思わず寝ている息子を抱きしめてしまいました。ありがとう」というメールを頂きました。
 
正月のブログ「新春じじ放談―ずるいぞ大新聞」を読んで笑いころげたという名古屋の女性は、「まじめ人間ばかりかと思っていたのに、初めて共産党の人に笑わせてもらった。赤旗にも親しみを感じました」と感想を寄せてくれました。

 ほとんど党外の方々からメールで、「共産党のいうことは正しいのだけれど…」「あまり好きではないが…」などの前置きがついたりしますが、それでも最後は「共産党がんばって」と結ばれているので、ひと安心。ブログをつうじ、もっともっとわが党を身近に感じてもらえればいいなと思っています。
(「忙中遊あり」は、大門実紀史ホームページからご覧になれます)

 

2012年1月1日 今度こそ北海道の議席を 

  激動の二〇一二年の幕開けです。今年も元気にがんばりましょう。
 
  民主、自民、公明の三党は、政策的な「三党合意」をかさねながら、政局をにらみつつ政界再編や大連立の方向をさぐっています。それは結局、消費税増税、TPP参加、原発温存、憲法改悪の道。

  かれら財界、アメリカ追随勢力と正面から対決するのは、日本共産党しかありません。強く大きな党にして、今度こそ総選挙で北海道の議席を必ず奪還しようではありませんか。
  

 

2011年12月19日  被災地の選挙でおもうこと

  わが党は、岩手、宮城、福島の県議選で、岩手一関、宮城の石巻、塩釜、福島の伊達、いわきで新たな議席を獲得、六議席から十一議席に大躍進しました(仙台若林区はあと三十一票で惜敗)。
 なぜ躍進したのか。住民のみなさんに共産党のすがたが見えた、具体的に共産党が政治を前にうごかしたからではないかと、現地に入って、おもいました。
 
  大震災直後から共産党の地方議員、候補者は、被災者によりそって、ひとつひとつの要望を具体的に実現しました。事業者の復興では、いままであまり付き合いのなかった漁協や商工会議所に、こちらからとびこんで、要求を聞き取り、国会議員団と連携して、国の政治も動かしました。
 
 たとえば、被災地復興のカギをにぎる二重ローン問題では、商工会議所―共産党地方議員団―国会の太いパイプができ、わが党が提案した買い取り機構をつくらせました。自民党の牙城だった宮城県のある商工会議所の専務は、「大門ちゃん」と電話をかけてくるまでの関係になっています。

 これは被災地だけのことではありません。どこでもやればできることです。北海道でも、生活の困難、事業者の苦境はつづいています。わたしたちがとおりいっぺんの懇談や申し入れではなく、相手のふところにとびこんで、ともにたたかい、政治をうごかせば、どんな保守的な人々も、垣根をこえて、共産党を信頼してくれるはずです。選挙勝利にむけて、私もおおいに外へ打って出たいとおもっています。

 

2011年11月28日  「こころの活断層」

 先週の紙智子さんの「かけある記」の「続編」です。
十一月十六日、北海道の政府交渉で、経済産業省に、泊原発周辺の活断層について国として調査を行えと要請した時、原子力保安院のM担当官が、「北電の調査を確認したが、保安院も活断層はないと判断した」というので、それならその根拠となる原資料を提出するよう求めました。

 その二日後、M担当官が私のところに「資料」を持ってやってきました。
 ところが、その「資料」というのが、「活断層はない」と書いてあるだけのただの紙切れ。「これでは根拠がわからない、原資料の提出を」と迫りましたが、「それは出せません」の一点張りです。
じつは、このM担当官は地震関係の責任者で、私が五月に質問したときにも、資料を隠そうとした前科のある人です(その時は結局、提出させましたが)。いつもおどおどしながら、そのくせ必死に、何かを守ろう、守ろうとします。
 
 なんだか哀れにおもえてきたので、角度をかえて、優しく話すことにしました。
「なぜ、あなたはいつも不安な目をしているのか。こころの中に活断層でもあるのか」「保安院はいま何をいっても信用されない。信用されるには、疑いを晴らすしかない。疑いを晴らすには、すすんで資料を公開するしかないのだよ」と。

 最後は、「北電と相談します」といって帰っていきましたが、あれだけの大事故をおこしても変わらない保安院の隠ぺい体質に、寒々としたものを感じました。

 

2011年11月7日  TPPに参加したら、こんな日本に

  ときは二〇**年、TPPに参加してしまった「近未来」の日本。
 ある食堂で―
 店員「何になさいますか?」
 お客「焼き魚定食をおねがいします」
 店員「ごはんはどうします?アジア米は一杯五十円。カリフォルニア米なら百円ですが」
 お客「日本のお米はないの?」
 店員「最近、あんまり作ってないんですよ。一日に二十杯限定、一杯四百円でお出ししていますが」
 お客「う〜ん。給料日前だから、アジア米でがまんするか」

 ある病院で―
 お医者さん「ガンですね」
 患者「あと、どれくらい持ちますか」
 お医者さん「手術しだいですね。一〇〇万円コースだと半年。三〇〇万円コースだと一年は持ちますよ」
 患者「健康保険の範囲でお願いすると、どうなりますか」
 お医者さん「まもなく、ご臨終ですね」
 患者さん「ああ〜アメリカのABC保険に入っておけばよかった」
 
あるテレビの討論番組で―
 司会者「日本はいっこうに経済不況から抜け出せません。先生は、TPPに参加したら、必ず経済はよくなるとおっしゃっていましたが」
 御用学者「もっと輸出が伸びると思ったんですがねぇ。企業の努力が足りないんですよ。わたしのせいではありません」

 TPPは日本の食を破壊。命の沙汰も金しだいの「自由診療」を拡大し、経済不況も深刻化させます。喜ぶのはアメリカだけで、日本にとっては百害あって一利なし。
 参加阻止のたたかいは、いよいよヤマ場をむかえます。こんな「近未来」にしないため、がんばりぬきましょう。

 

2011年10月10日  食を守るものは

  先日、JA(農協)の役員の方とお話をしていたら、つねに生産者を犠牲にしてきた今までの農政のあり方について、「俺たち百姓をばかにするにも、ほどがある」と、厳しく批判されました。
 百姓という言い方が、力強くて、格好いいなとおもいました。

  百姓は、もともと中国から伝わった言葉で、初めは、たくさんの姓をもつ者=民衆一般を意味しました。中世の頃から民衆の本分は農作であるとされ、江戸時代になると百姓は農夫の呼称となりました。
 歴史ドラマなどでは、お百姓さんが黙って圧政に耐えるシーンが多くでてきますが、実際は少しちがうようです。
 
 一橋大学の渡辺尚志教授は、「むしろ歴史の歯車は、自己主張し、たたかう百姓たちのエネルギーによって回された」(「百姓の主張」柏書房)とのべておられます。江戸時代の農村では「選挙」がおこなわれ、「非合法デモ」である百姓一揆のときは、統一の「ユニフォーム」も用意されていたとのこと。

 百姓という言葉には、国の食を守ってきた人々の自負とたたかいの歴史が刻みこまれています。
 TPP反対の運動がヤマ場をむかえています。米国オバマ政権は十一月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)までに「結論を出せ」と野田政権に圧力を強め、野田首相も参加の意向を固めつつあります。
 
 いよいよ決戦。日本の食を守るのはいまや国民みんなの責任です。大きな運動で、アメリカの圧力をはねかえし、TPP参加を断固阻止しましょう。

 

2011年9月12日  歌も物語もない

 大震災から半年、今まで体力勝負で被災地の問題に取りくんできましたが、これからは知力も大切と、この間、手あたりしだいに復興にかんする本を読んでいます。
 
  その中の1つ、民俗学者の赤坂憲雄さんの近著「東北再生―その土地をはじまりの場所へ」は、大震災を経験した私たちが、東北だけでなく未来の日本社会をどう描いていくのか、多くのヒントを与えてくれます。赤坂さんは「原発は、炭鉱とちがって、地域に歌も物語も生まなかった」といいます。
 
  構造改革でズタズタにされ、無機質な原発に翻弄(ほんろう)されてきた地域社会を「歌と物語」の生まれるまちに変えていかなければなりません。

  テレビでは「がんばれ、ニッポン」の掛け声があふれ、被災地どこでも「がんばろう○○」の張り紙が見られます。しかし津波で家も工場も失った宮城県石巻市の水産加工業の社長さんは、「何に向かってがんばればいいのか、教えてもらいたい」、風評被害に苦しむ福島県南相馬市の牛乳会社の社長さんは「先が見えれば、がんばれるのだが」といわれました。

 言葉はむずかしい。たしかに「がんばろう」のはんらんは、厳しい現実を空疎におおい隠しているようにおもえたり、「きずな」や「なりわい」という言葉も、散乱したがれきの前では情緒的すぎると感じることがあります。
 
 人ががんばるためには、標語だけでなく、具体的な見通しが必要です。それでも、「歌と物語」は、すてきな言葉だとおもいました。

 

2011年8月15日  「祝婚歌」

  先月、わが部屋の秘書さんの結婚披露宴がありました。市田書記局長が、来賓スピーチのなかで、吉野弘さんの詩「祝婚歌」を紹介されました。
“人が睦まじくいるためには、愚かでいるほうがいい。立派過ぎないほうがいい。…正しいことを言うときは、少しひかえめにするほうがいい。正しいことを言うときは、相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい。…立派でありたいとか正しくありたいとかいう無理な緊張には色目を使わず、ゆったりゆたかに光を浴びているほうがいい…”
 
 ときに政治にも通じる詩だと思いました。
 日本共産党は、三月十一日の大震災以来、地方議員の皆さんと国会議員団が力を合わせ、がれきの処理や避難所の待遇改善、住宅再建や二重ローン対策など、現実の政治を前に動かしてきました。それは、正しいことをただ声高に叫んだから実現したのではなく、ときには党の主張をひかえめにして他党を説得したり、役人を非難するより激励して力を発揮してもらったり、ひたすら被災地のことだけを考え汗をかいた結果でした。
 
 先週、被災地の商工会議所の専務さんとお話したとき、「共産党の頑張りはいつも見ているよ」と言ってくださいました。「祝婚歌」の最後も“なぜ胸が熱くなるのか、黙っていても二人にはわかるのであってほしい”と結ばれます。

 しかし、黙っていてはわかってもらえないのが政治の世界。選挙では大いに実績、政策を訴え、勝利したいと思います。

 

2011年7月18日  泊原発の再稼動ストップを

  七月十一日、紙智子さん、道議の真下紀子さんらと共に北海道電力・泊原発を視察し、夕刻には札幌の北電本社に申し入れを行いました。行動には、畠山和也さん、宮内聡さん、関係自治体の町議さんたちも参加しました。

  泊原発では、政府の「緊急指示」を受け、非常用電源車の配置などを行っていましたが、全電源が失われたあとの応急処置にすぎません。福島原発事故をみれば、津波対策など全電源が失われないようにすることこそ急がなければなりませんが、そういう抜本的対策は数年後に先送りされています。
 
 しかも地震対策がまったく欠落しています。泊原発は以前から海底活断層の存在が指摘されてきましたが、北電は「心配ない」と言うだけで、裏付けとなるデータをほとんど公表していません。北電本社に対し、このままでは、一号機の再稼働やプルサーマル運転を認めるわけにはいかないこと、公正で客観的な活断層調査をせよと求めました。
 
  日本共産党は「原発からの撤退」を政府に決断するよう迫っています。同時に、その道筋として、住民合意のない原発の再稼働は中止すること、老朽化した原発は廃炉にすること、新規建設はやめること、プルサーマル計画は中止することなどを提案しています。

  泊原発の再稼働をやめさせ、プルサーマル運転を中止させることは、この道筋にそった具体的運動です。いま全国で「原発からの撤退を」の世論が高まっています。北海道でも運動を大きく広げましょう。

 

2011年6月20日  正義の話

 米国のハーバード大学、マイケル・サンデル教授のベストセラー「これから『正義』の話をしよう」は政治哲学の本ですが、大変わかりやすく、被災地の復興を考えるうえでも示唆に富んでいます。
 
 その冒頭には、二〇〇四年の夏、ハリケーン(台風)がフロリダを襲ったときにおきた便乗値上げのことが描かれています。「一袋二ドルだった氷が一〇ドルで売られていた」「屋根の修理を業者に頼んだら、少しの作業で二万三千ドルも要求された」「モーテルに避難してきた老夫婦に通常の四倍の宿泊料を請求した」などなど、ここぞとばかりに便乗値上げが広がり、被災した住民の激しい怒りを買ったそうです。サンデル教授は、他人の苦境や不幸につけこむ「もうけ第一主義」は経済行動として正義か、と問いかけます。
 
  今回の東日本大震災では、そういう露骨な便乗値上げはなく、むしろ被災地の商店では、食料品や日用品を無料で住民に配ったお店もありました。アメリカ人と日本人の違いでしょうか。
 
  しかし日本の被災地でも、便乗値上げより大がかりな「もうけ第一主義」がしだいに姿を現しつつあります。様々な大手企業が公共事業や「投資」を目当てに現地に入ってきており、「復興ビジネス」という言葉が公然と語られています。政府や一部の自治体まで「民間資本の参入は必要」と歓迎する始末です。被災地を食いものにさせてはならない。復興のあり方においても「正義」が問われなければなりません。

 

2011年5月23日  「おばけのてんぷら」

  大震災から二カ月以上がたち、被災地の避難所は物資の供給や食事は改善されてきているものの、気になるのは子どもたちのことです。家族や家を失った子どもの心の傷はいかばかりでしょう。震災後、笑わなくなった子ども、いまも津波の恐怖におびえる子どもがたくさんいます。避難所では、一人で絵を描く子どもが増えているそうです。怖かった体験やこれからの不安を自分だけの世界に閉じこめてしまうことが心配です。

  以前の「かけある記」にも書きましたが、四年ほど前から絵本の収集をしています。優れた絵本は、子どもにも大人にも生きる知恵と心の潤いを与えてくれます。四月はじめ、今まで集めた約二〇〇冊のうち、子どもたちが少しでも明るくなれるような本を五十冊ほど選び、ボランテイア団体をつうじて被災地に送りました。

  例えば、そのうちの一冊「おばけのてんぷら」(せなけいこ・ポプラ社)は、ウサギのうさこちゃんが、おばけをてんぷらにして食べそうになるお話です。「こわい思いなんか、てんぷらにして食べちゃえ」と、子どもたちに伝えたいと思いました。お母さん、お父さんたちも長引く避難所生活でストレスがピークに達しています。絵本を親子で読んでもらって、少しでも気持ちがなごめばと願っています。

  政治の役割はカウンセラーの配置など、精神的なケアができる体制を急いで作ることですが、子どもの心の問題はもっと奥が深い。出来ることは何でもしてあげたいと思います。

 

2011年4月11日  共産党議員だからこそ

  東日本大震災から一カ月。この間、被災地の皆さんの要求を国会でとりあげ、農家の損害に対する立替え払いや災害で職を失った労働者への失業給付の特例など、具体的な施策を実現することができました。ひき続き被災地支援のために全力でとりくみます。 
 
 壊滅的な被害をうけた三陸の町々では、共産党の地方議員のみなさんが、自らも被災者でありながら、避難所の方々のお世話や生活物資の支給、また住民と役所をつなぐパイプ役として日夜、献身的に働いています。
 
  福島県南相馬市議の渡部寛一さんの自宅は福島第一原発から20キロ圏内(避難指示区域)渡部さんは車に毛布を持ち込んで寝泊まりしながら、燃料の供給をはじめ住民の生活支援に奔走しています。家も車も津波に流された岩手県大船渡市議の滝田松男さんは、家族全員でお寺の避難所に暮しながら、漁業関係者の相談に駆け回っています。宮城県石巻市議の庄司慈明さんは小学校にある避難所の対策本部長として、被災者の医療や心のケアに全力を注いでいます。他にもたくさんのわが党の地方議員が被災地で大奮闘しています。
 
 極限状況にあっても、住民の苦しみに心を痛め、その解決のために全力をつくす―共産党議員だからこそできることだと誇りに感じました。同時に、身体だけはこわさないでほしいと思いました。
 被災地の同志たちに最大の激励となるのは、地方選・後半戦でわが党の議席を増やすことです。心ひとつにがんばりぬきましょう。

 

2011年3月21日  明かりがあってこそ

  三月十一日、東北関東大震災が勃発。翌十二日、紙智子議員と共に最大の被害を受けた福島県と宮城県に向かいました。交通機関がマヒするなか車での移動で、途中、福島第一原発が爆発しました。避難地域をかすめながら郡山市に入り、翌日は福島市、仙台市の避難所や県庁を回りました。福島県の災害対策本部の責任者である県議会・議長は「(原発事故は)共産党の指摘していた通りになってしまった」と話していました。宮城県知事には「こんなに早く来てくれて有難う」とお礼をいわれました。被災地の状況や住民の要望も、すぐに現地に入ったからこそわかったことがたくさんありました。
 
  仙台市で最大の被害を受けた若林区の避難所、六郷中学校に着いたのは十三日の夜でした。避難場所の体育館は、停電で照明がつかず、二日間、女性や赤ちゃんもふくめ一千人近い方々が真っ暗な夜を過ごしてきました。「明かりがないのが何より困る。もうおかしくなってしまいそう」という声が口々に聞かれました。人間がぎりぎりのところで生きていくためには、まず明かりが必要なのだと痛感しました。すぐに地元の福島かずえ市議と若林区の区役所にむかい、副区長さんに実情を伝えました。翌日、投光器による照明が体育館に設置されました。
 
  水や食料が充足されたあと、被災者の方々に必要なのは、苦難を乗り越えるための心の明かりだと思います。そのために政治が何をすべきか、いま厳しく問われています。

 

2011年2月21日  「一緒に政治を変えましょう」

 今月に入り、渡島・桧山地区、函館市、旭川市の演説会を宮内聡知事候補と一緒にまわりました。
 
 北斗市で大ベテランの蛎崎孝さんの後をついで市議会議員に立候補するのは、私の大学の先輩(二人とも中退)の藤田啓美さんです。函館市ではフレッシュな道議会議員候補、古岡ともやさんがさわやかな演説で拍手喝采を受けました。旭川市の現職道議、真下紀子さんは、どこからこの元気がわいてくるのかと思うくらいエネルギッシュな訴えでした。わが党の候補者は、みんな誠実で住民を思う気持ちにあふれています。全員当選してほしいと心からおもいます。
 
 旭川の演説会が終わり駐車場の待合室で車を待っているとき、年配の男性が連れの女性に「今日の宮内聡さんの話はわかりやすくてよかった。あの人の『一緒に政治を変えよう』という姿勢が、オレは好きなんだ」と話しておられました。私の話も出るのかと思ったらそれで終わりだったので、少々さみしい気もしましたが、宮内さんのいいところをよくご存知だと感心しました。
 
 道知事選挙は、道内の労働組合、民主団体と日本共産党が、地域だけでなく「北海道をまるごと変えるぞ」という心意気を示す選挙でもあります。自分がではなく「一緒に道政を変えましょう」という宮内さんの訴えこそ道民のこころに響きます。宮内聡知事候補を先頭に最後まで元気よく地方選挙をたたかいぬき、必ず勝利をかちとりましょう。

 

2011年1月24日  TPPは「開国」どころか「売国」政策

 菅・第二次改造内閣は、TPPへの参加を前面にかかげました。その背景には、財界の要求だけでなく、アメリカの強い圧力があります。そもそも菅首相が急にTPP参加をいいだしたのは、昨年、アメリカがTPPへの参加を正式に表明し、日本にも「参加しろ」とAPEC(アジア太平洋経済協力会議)などをつうじて指示したからです。
 
 アメリカのオバマ大統領は、二〇〇九年末の経済危機のあと、「国家輸出戦略」を打ち出しました。そのねらいは、経済成長のいちじるしいアジアを取り込んだ太平洋経済圏をアメリカ主導でつくること。そのためにアジア各国と関係の深い日本に協力させ、同時に日本経済そのものをアメリカの傘下に組み入れることにあります。没落しつつあるアメリカ経済をアジアや日本を巻き込んで延命しようというのです。

 TPPは、農業だけでなく、人の移動、金融などさまざまな規制緩和を内容としています。今までアメリカは「年次改革要望書」などで日本に規制緩和など「構造改革」要求を飲ませてきましたが、TPPに入れてしまえば、もう個別にああしろ、こうしろといわなくても、日本が自らすすんでアメリカ型の「構造改革」をおこなうようになると考えています。
 
 つまり、TPPは「開国」どころか、アメリカへの「売国」政策にほかなりません。農業と食料主権を崩壊させるだけでなく、日本経済をまるごとアメリカの従属下におくようなTPPは断固阻止しなければなりません。

 

2011年1月1日  かけがえのない値打ちを発揮しよう

   昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。
 参院選挙後の国会では、わが党国会議員団は国民の切実な要求をかかげ堂々と政策論戦を展開しました。今ほど日本共産党がかけがえのない値打ちを発揮している時はありません。いっせい地方選挙が目前です。日本共産党躍進のために元気よくたたかいぬこうではありませんか。
                                           

 

2010年12月13日  良識の府

 今年もあとわずか。この一年、大変お世話になり、ありがとうございました。
 参院選挙後の国会では、民主党とわが党以外の野党は、「アメリカ・財界中心」という政治路線に何のちがいもなく、もっぱら国民生活そっちのけの中傷合戦をくり広げました。人間形成が間に合わないまま大臣になってしまった大臣も大臣ですが、それを追及する自民党議員のほうも、子どもに聞かせたくない口汚い言葉の連発でした。特に参議院はひどく、どこが「良識の府」かと、嘆かわしくなりました。
 
そういうなか、わが党国会議員団は、国民の切実な要求をかかげて、堂々と政策論戦を展開しました。参議院では、質問時間が短いなか、外交・安保や雇用、社会保障、中小企業問題、農業と経済を破壊するTPP問題などをとりあげました。
 
今期で退職される参院事務総長が私に「共産党の論戦は光っていた」といってくれました。いまや参議院の「良識」はわが党の肩にかかっていると思いました。
 地方政治においても、わが党議員団の実績は抜群です。今ほど国政でも地方政治でも日本共産党議員団がかけがえのない値打ちを発揮している時はありません。

 いよいよ、いっせい地方選挙が間近に迫りました。この選挙は住民要求の前進だけでなく、「アメリカ・財界中心」の政治を変えられるか―今後の政治全体の方向を左右する選挙にもなります。日本共産党躍進のために、明るく元気よく最後までたたかいぬこうではありませんか。

 

2010年11月8日  母はつよし

  楽しかった赤旗まつりも終わり、臨時国会も後半戦に入ります。
農業と地域経済を破壊するTPP(環太平洋・経済連携協定)問題、雇用や社会保障をどうするかなど、課題山積です。また年内には、政府の調査会が消費税増税の方向を打ち出す予定になっています。
 
 先日、母親大会連絡会のみなさんの財務省交渉に同席しました。
今年八月の日本母親大会でかかげられた消費税増税反対などの要求を財務省にとどけるため、全国から十数人のお母さんが参加されました。応対したのは実際に政策立案にたずさわっている三十代の若手官僚たちです。
 
 消費税では最初、激しいやりとりになりました。平然と増税の必要性を説く若手官僚にたいし、「家計をやりくりする苦労をわかっているの!」「中小業者は身銭を切って消費税を納めてるのよ!」と、お母さんたちから機関銃のように言葉が発せられます。しかし、お母さんたちにとっては自分の息子のような年代。どこか、わが子を叱るような温かさがありました。初めはいちいち反論していた官僚たちも、しだいに黙ってお母さんたちの話を聞くようになり、涙ながらの訴えには「勉強させてもらいました」と殊勝な言葉もとびだしました。母のつよさと優しさと涙には、財務官僚も勝てないのです。

 私もお母さんたちの姿をみて、その思いを総理大臣にぶつけようとおもいました。テレビ質問で消費税を取り上げるのは久しぶり。近々、そのチャンスが訪れそうです。

 

2010年10月18日  本当の対決軸

  衆院北海道五区・補欠選挙に何とかもう一度応援に入りたいと思いながら、国会日程で身動きがとれず、じりじりしています。
 
 夕張問題で親しくなった北海道の地元紙の記者が私に「北海道は、自民党と旧社会党の最も悪い部分の犠牲になってきたんですよ」と言ったことがあります。利権にまみれ公共事業をバラまいてきた自民党と労働組合に一党支持を押しつけ党利党略しか眼中になかった社会党が北海道の苦境を招いたという意味でしょう。旧社会党を民主党に置き換えれば、いまも通じる言葉です。
 
 ところがテレビや新聞などマスコミ全体では、「自民か、民主か」という偏った選挙報道が連日繰り返されています。国会においても民主党と自民党がいかにも対決しているかのように描き出しています。

 しかし両党とも、弱肉強食の「構造改革」推進や消費税増税、日米軍事同盟の強化など、基本政策は何も変わりません。争っているのは当面の小さな個別問題ばかりで、「自民か、民主か」も、どちらがリードするかといった話に過ぎず、いずれにせよ円満にやっていくだろうと思われます。
 
 社会保障と雇用の崩壊、農業と地域経済の破壊をこれ以上、許すわけにはいきません。本当の対決軸を訴えながら、「日本共産党ここにあり」と、はっきり結果で示そうではありませんか。

 

2010年9月20日  「ミスター・ダイモンのいうとおり」

  さきの参議院選挙では、「ヨーロッパは消費税率が高いから、社会保障が充実している。だから日本も消費税の引き上げが必要」と、民主、自民の議員や一部のマスコミが煽りたてました。私は各地の街頭演説のなかで、このデタラメ宣伝をきびしく批判しました。
 
 例えば、スウェーデンの消費税率は25%ですが、社会保障の財源にしめる消費税の割合はわずか一割程度(日本は約7%)です。社会保障財源を支えているのはおもに企業の社会保険料負担で、財源に占める割合は40%をこえます(日本はわずか25%)。スウェーデンの社会保障が充実しているのは、消費税率が高いからではなく、企業とくに大企業が社会的責任を果たしているからです。また、消費税が25%といっても日常生活に関わるものは軽減税率があり、社会保障が相当手厚いので、それが消費税のもつ逆進性を吸収し、所得の再分配効果は世界最高水準です。
 
今月初め、参議院の調査団でスウェーデンに行きました。首都ストックホルムは水辺の美しい街でした。
 政府関係者との会合の時、消費税と社会保障財源の関係について確かめると、「ミスター・ダイモンのいうとおり。わが国が消費税で社会保障を維持していると思われるのは心外。スウェーデンでは、企業は国民のくらしを良くするために存在しているのです」といってくれました。今まで資料にもとづいて話してきたことが、現地の生の声で裏づけられ、大いに意を強くしました。

 

2010年8月23日  共産党だからできること

 みなさんのお力添えで三選を果たすことができました。ひきつづき全力でがんばります。今後ともよろしくお願いいたします。
 
 当選した翌日から、生活相談や雇用問題にかんする相談がつぎつぎと私の部屋に寄せられています。現場で苦しんでいる人々から日本共産党は頼りにされているのだと、あらためて思いました。

 この間、赤旗や朝日新聞などで大手生命保険会社の保険金不払いと政界工作問題が報道されています。この問題は昨年末、ある大手生命保険会社に勤める一人の勇気ある社員Aさんが内部告発に立ち上がったことから始まります。Aさんは「お客様に支払うべき保険金を払わないなんておかしい。政治家を抱き込んでうやむやにしようとするなど許せない」と、監督官庁である金融庁に告発しました。しかし金融庁は一向に動こうとしませんでした。そこで私のところに来られたのです。Aさんは、「もう共産党しか取り上げてくれないと思った」とおっしゃっていました。三月の国会質問で取り上げ、金融庁が動かざるをえないようにしました。マスコミも政界工作問題を報道し始めました。ご家族をもちながら、巨悪を相手に身の危険を賭して正義をつらぬこうとしているAさん。いま、Aさんを支え、共にたたかっているのは日本共産党だけです。

 相談活動でも不正追及でも政策提案でも、徹底して国民の立場に立つ「共産党だからできること」をもっと深め、広げていきたいと思っています。

 

2010年6月7日  消費税論戦に燃えています

  普天間基地の移設問題とともに、消費税増税が参議院選挙の大きな争点になりつつあります。新しく首相になった菅さんは、財務大臣の時から「消費税を増税しても、社会保障に使えば、経済は成長する」と言っていました。選挙戦でもこういう話を全面に打ち出してくるでしょう。

 しかし、本当でしょうか?そもそも消費税は所得の低い人ほど重くのしかかる税金です。一方、社会保障は本来、所得の低い人ほど恩恵をうける制度です。したがって、消費税を社会保障の財源にするということは、所得の低い人から税金を取り、所得の低い人に使うーまるで所得の低い人たちの間でお金をぐるぐる回すようなものです。これでは貧富の格差が固定されてしまいます。
 
また、介護や医療など社会保障を充実すれば雇用はうまれますが、これだけ所得が減少している時ですから、消費税増税による負担増が消費を冷え込ませ、差し引き景気全体を押し下げるのは確実です。やはり社会保障の財源は、大企業や大金持ちなど余裕のあるところから税金で取るべきなのです。そうすれば雇用も増え、貧富の格差も解消されます。
 
菅さんには四人の経済学者がブレインとして付いているそうです。しかしこの程度の「へ理屈」しか思いつかないようでは、たいしたことはありません。参院選にむけ、徹底的に叩いてやろうと思っています。そして何としても三たび国会に駆け上がり、消費税増税阻止のためにたたかいぬく決意です。

 

2010年5月10日  空白克服

  五月二日、奥尻島で日本共産党演説会が開かれました。前日、夜の港で出迎えてくださったのは共産党町議として一人でがんばる制野征男さんでした。
 
 制野さんは三十数年前に、共産党議員の空白地域をなくすため、函館から単身、奥尻にわたり町議になりました。以来、落選とトップ当選を繰り返してきたとのこと。民宿で一緒に食事をしながら、島のことなどをうかがいました。

  私が一番、興味をもったのは制野さん自身のことでした。党の議席の空白を克服するために、人生をかけて、単身、離島に乗り込むなど自分に出来るだろうか。どんなにすごい人だろうと思ったからです。
 
 しかし、制野さんは気負った話はなにもされず、「ちゃんとした人生を歩もうと思ったんです」と淡々と島にわたった当時のことを語ってくれました。かえって制野さんの誠実な人柄が心に染みました。また、すばらしい奥様にもめぐりあえて、幸せそうでした。

 北海道には、空白克服のために見知らぬ土地へ単身移り住んで議員になられた方がほかにもおられます。真っ白なキャンバスに、その方自身の絵を描いてこられたのでしょう。
 
 民宿の女将さんが、「困ったときに、何度も制野さんに助けてもらったの」といいました。津波被害のときも大奔走した制野さん。キャンバスに描く絵の色は信頼の一色だと思いました。
 
 ゆったりと流れる時間と穏やかな光のなかで、議員のありようを改めて教えていただいた奥尻島訪問でした。

 

2010年4月12日  「ルールある経済って、なに?」

  今週、私の三冊目の本が出版されます。「ルールある経済って、なに?」(新日本出版社)です。
昨年の総選挙の最中、ある集会で、一人の青年から「ルールある経済ってなんですか?ヨーロッパに追いつけということですか?」と質問を受けました。青年は選挙の手伝いもしてくれているようでした。日本の諸制度の問題点やヨーロッパとのちがいを手短に話しました。彼はメモをとりながら、うなずいて聞いてくれました。

 移動の列車のなかで、青年の顔が浮かびました。時間がなかったとはいえ、彼自身の話をきいて、もっと身近にひきよせて話してあげればよかったとおもいました。ヨーロッパの話も遠い世界のことのように映ったのではないかと、少し反省しました。そのときの気持ちが、あとで本書を書く動機につながりました。
 
 本書では、なぜヨーロッパではルールが確立してきたかをのべたあと、日本国憲法こそルールある経済を要請していることを、わかりやすくのべました。

 生活保護の母子加算復活をもとめ生存権裁判でたたかった北海道のお母さんたちや、NTT北海道の契約社員の転籍強要にたいする現場のたたかいの話も盛り込みました。たたかってこそ、ルールはかちとれます。
 
 国会質問と候補者活動の合間をぬって、まさに走りながら書いた本ですが、中身は、走り書きどころか、かなり充実したものになっているとおもいます。大門みきし、渾身の一作です。ご一読いただければ、幸いです。

 

2010年3月15日  「国共合作」

  三月十二日の参院予算委員会で、日本郵政グループの非正規社員の問題を取り上げました。正社員が当たり前の社会を実現するには、まず政府系企業から正社員化をすすめさせることが重要で、それは民間企業にも大きな影響を与えることになります。

  日本郵政の非正規社員は約二十一万三千人、そのほとんどは契約社員で、うち三年以上契約更新を繰り返している人が十二万一千人もいます。

  委員会で亀井静香・郵政担当大臣に、「長期にわたり更新を繰り返している契約社員は、早急に正社員にすべきだ」というと、亀井大臣は「おっしゃる通りにいたします」と答えました。あまりにも素直な答弁だったので、議場がわきかえりました。

  じつは亀井大臣は、一月の予算委員会の私のNTT問題の質問を聞いて、非正規雇用問題に強く関心を持たれたようです。質問の翌日、わざわざ私に電話をくれて「素晴らしい質問だった。共産党の調査能力はすごい」と褒めてくれました。その一週間後、亀井大臣は日本郵政の非正規社員の正社員化を打ち出し、マスコミでも話題になりました。日本郵政関係者によれば、私のNTT質問が大臣の決断に少なからず影響を与えたとのことです。
 
  そういう経過もあり、ああいう息の合ったやりとりになったのだとおもいます。他の問題では「右寄り」の国民新党の亀井大臣ですが、非正規雇用を拡大した小泉・竹中路線をただすという点では、いまのところ「国共合作」状態です。

 

2010年2月15日  天罰まで待てない

  二月六日、雪の降るなか、札幌で開催された二つの集会に参加しました。
「後期高齢者医療制度はただちに廃止、道民集会」は、会場あふれんばかりの参加者で、民主党の「廃止先送り」にたいする怒りが充満した集会でした。マイクをもって発言された高齢者の方々は、「民主党にだまされた」と悔しいおもいをのべられました。民主党のやり方は、お年寄りをだます何とか詐欺と少しも変わりません。公約違反も、ここまでくると、罪に問うべきではないでしょうか。
 
 「NTT契約社員『転籍』強要は許さない2・6集会」では、弁護士さんや各組合の代表があつまり、勇気をもって立ち上がった契約社員を支援し、派遣法の抜本改正を勝ち取ろうと誓い合いました。参加者したある女性は、一人でたたかっている女性契約社員のIさんを、「抱きしめてあげたいくらい、皆で守ってあげて」と訴えました。労働者の心意気を感じた熱気ある集会でした。
 
 後期高齢者医療制度の即時廃止も派遣法の抜本改正も、今国会の大きな焦点です。連帯のあいさつでは、国会議員団も、現場の運動と力をあわせ、質問を連打する予定であることをお伝えしました。
二つの集会をまわり、民主党と大企業NTTに共通するのは、平気で人をだます体質だとおもいました。いずれ天罰が下るでしょうが、それまで待てません。私たちで決着をつけましょう。

 

2010年1月18日  意気に感じる

 通常国会にはいよいよ派遣法の改正案が出されます。抜け道のない改正を実現しなければとおもっています。
 
  現在、北海道労連の皆さんと一緒に、NTT東日本―北海道の転籍強要問題にとりくんでいます。七百人もの契約社員を関連会社の派遣社員に転籍させ、いつでも使い捨てにできるようにする、転籍に同意しないものは解雇する、という悪らつなやり方です。ほとんどの契約社員は、解雇されたら他に仕事がないから、仕方なく同意書にサインさせられました。人の弱みにつけこんで、さらに弱い立場に追い込む―人間のやることでしょうか。
 
 しかし、ひとりの勇気ある女性が、契約社員としての雇用の継続をもとめて立ち上がりました。彼女を支えるため、道労連や通信労組が動き出しました。
 今月初め、札幌で彼女とお会いしました。明るいきれいなお嬢さんでした。私が、「よく声をあげようと思われましたね」というと、「やっぱり、こんなのおかしいと思うんです」とおっしゃいました。大企業の職場で、おかしいと思うことをおかしいと言うのは大変なことです。すぐに解雇やいじめの対象になってしまいます。

 彼女のまっすぐな気持ちをうかがって、意気に感じました。東京へ戻り、NTT本社の人間を呼んで、彼女に不当な手出しをしないよう釘をさしました。
すでに派遣社員にされた人たちを守るためにも、NTTの卑劣なやり方は見過ごせません。派遣法改正とあわせ、国会でただそうと考えています。
 

 

2010年1月1日  熱い心で働く人の願いを国政へ

  
 昨年は道内各地で温かく迎えていただき、大変ありがとうございました。
 雇用が破壊され、北海道経済の冷え込みがつづいています。社会保障を再建し、農業と中小企業を支援すれば、くらしと地域経済の立て直しはできます。いよいよ参院選挙まで半年あまり、現場の声を国会にとどけ、政治をさらに前へすすめるために全力をつくします。
 

 

2009年12月7日  友情出演

  十二月六日、札幌で日本共産党主催の「医療・介護シンポジウム」が開催されました。当日は北海道大学名誉教授の安田慶秀さん、札幌市介護支援専門員連絡協議会の奥田龍人さんも貴重な報告をしてくださり、参加者の発言もふくめ熱気のある集会になりました。
 
 日本の医療も介護も崩壊に近い状況です。後期高齢者医療制度の廃止先送りや不透明な医療の一元化論など、民主党政権の医療政策もどこを向いているのかさっぱり方向が定まりません。この問題で先頭に立ってがんばってきた日本共産党の出番だと強く感じました。
 シンポジウムのために、わざわざ東北ブロック選出の高橋千鶴子衆院議員が駆けつけ、国会の情勢をリアルに報告してくださいました。

 紙智子さんと私は東北ブロックも活動地域ですので、国会では高橋さんと三人で「東北部会」を結成しています。実際は、ときどき三人で「もんじゃ焼き」を食べるだけです。東京名物の「もんじゃ焼き」は、ぐちゃぐちゃのお好み焼きみたいなもので、最後は何を食べているのかわからなくなるのですが、子どもみたいにワイワイつつくのが楽しいのです。
 
 この「もんじゃ焼き」の会は、三人の友情の会でもあります。議員どうしの悩みを打ちあけることもあります。私にとってはタイプのちがう美女二人に囲まれているだけで至福の時間です。今回のシンポジウムへの高橋千鶴子さんの参加は、紙さんと私への友情出演でもありました。とても感謝しています。
 

 

2009年11月9日  三期目をめざして

 
 再び北海道を活動地域とする参議院選挙の比例候補に決まりました。前回の選挙では、最後は北海道の皆さんのお力で押し上げて頂きました。本当にありがとうございました。来年の参院選まであと八ヶ月。フレッシュな政策マンの選挙区候補・はたやま和也さんと一緒に頑張りぬきます。

 前回は比例の四八議席中四六番目の当選で、テレビに「当確」が出たのは明け方の午前四時頃でした。私は1時過ぎに寝てしまったのですが、妻は心配で朝までテレビの前で起きていたようです。私が七時頃、目を覚ますと、「なんで、あんたが寝てるのよ」と叱られました。当選した朝の苦い思い出です。
 
 一期、二期目は、弱肉強食の「構造改革」とのたたかいに終始しました。竹中平蔵氏との論戦が走馬灯のように思い浮かびます。「構造改革」が破たんし自公政権も終わったいま、つぎに求められるのは痛めつけられた日本経済と国民のくらしを再建することです。社会保障の充実を柱とした経済回復こそ必要です。三期目はそのために尽力したいと決意しています。
 
 この六年間、道内各地を調査やシンポジウム、集会などでまわらせて頂きました。地域経済の冷え込み、夕張市民の苦難、社会保障の崩壊や中小企業、農業、漁業が直面する深刻な問題を目の当たりにし、政府交渉や国会質問でとりあげてきました。三期目は北海道経済の本格的な立て直しのために働きたい。それがお世話になった皆さんへの御恩返しだと思っています。

 

2009年10月12日  一粒の涙から運動は始まった

  「私たちの働き分を認めて」をスローガンに、十月八日、東京の日比谷公会堂で全国業者婦人決起集会が開かれました。台風にもかかわらず、全国から千三百人をこえる民商婦人部のお母さんたちが集まりました。

 中小の事業所やお店では、お母さんたちが朝早くから夜遅くまで一生懸命働いています。日本の家族経営はお母さんたちの頑張りで支えられているのです。

 ところが所得税法第56条は、お母さんたちがどんなに長時間働いても、八十六万円分しか賃金として認めていません。時給にすると一〇〇円から二〇〇円の世界です。働く女性の人格、人権を否定する悪法です。

 今この56条廃止にむけて運動が大きく盛り上がっています。財務省あての「一〇〇万署名」はすでに約七〇万筆に、廃止を求める地方議会の意見書採択は一二四自治体に広がっています。

 集会では、意見書採択で全国トップの北海道を代表し、北商連婦人部協議会の後藤裕子さんが壇上に立ちました。
「この運動は一粒の涙から始まりました。人権が認められない悔し涙です。私たちは絶対にあきらめません。負けるわけにはいかないのです」

 一粒の涙から運動は始まった―後藤さんの言葉に身体が震えました。参加したお母さんたちも涙を浮かべながら「そうだ!」と応えていました。この涙にむくいないで、日本経済の未来などあるものかと思いました。
 北海道の女性を泣かせると、あとがこわいぞ―財務省に思い知らせてやりましょう。

2009年9月14日 「仲良くしてね」と

 長い、長い総選挙のたたかいが終わりました。
 最終日の夕刻、札幌の街角で声をからしてメガホン宣伝をされていた女性後援会のみなさんの勇姿が目にやきついています。わが党への支持を広げるため日夜、奮闘された道内各地のみなさん、ご苦労さまでした。ありがとうございました。
 
 みんなの力でがんばりぬいたことは、かならず次のたたかいにつながります。前をむいて、また一歩ずつ進んでいきましょう。
  
 自民・公明党の政権が終わり、これから何が始まるのか、毎日ワクワクしています。
  先日、同じ委員会に所属する自民党と公明党の議員二人が話しかけてきました。自民党議員が「これからは同じ野党だから、仲良くしてね」というので、「いやだよ」といいました。公明党議員も「そう言わないでさー」というので、「おたくは特にいやだ」といいました。笑いながら立ち去る二人の後ろ姿はどこか寂しそうでしたが、野党といっても彼らと一緒にされては困ります。
 
 この数年、自公政権を実際に追いつめてきたのは、後期高齢者医療制度にしても、派遣切りの問題にしても、まぎれもなく国民の運動と日本共産党のたたかいでした。建設的野党として仲良くしていくパートナーは、これからも国民のみなさん、現場の運動です。
 
 参院選挙まであと十カ月。やりがいのあるたたかいだとおもっています。また道内をかけめぐりますので、今後ともわたくしと仲良くしてくださるようお願いいたします。

2009年8月17日 万感の思いを込めて

 この間、各地の演説会などで、「本日、共産党に入党された方には、私の本を(自腹で)プレゼントします」と言ってまわりました。
 すぐに入党される方はそんなにいないだろうとおもって言ったのですが、すでに全国で十五冊、北海道だけで七冊の贈呈となりました。少々冷汗もにじみましたが、嬉しい結果です。本(「新自由主義の犯罪」)の裏表紙にお祝いの言葉とお名前を書くたびに、入党を決意されたお一人おひとりの人生の重みを感じました。
 
 札幌の青年集会に参加したあと入党された二十代の女性Aさんは、その一ヵ月後、大通り公園の街頭宣伝で党の政策ビラを一生懸命、道ゆく人に配っていました。彼女の真っすぐなまなざしには、政治を変えて前に進みたいという一途な気持ちがあらわれているようにおもいました。

 帯広市在住、七十五歳の女性Bさんは、演説会のあと、「なにかお手伝いできることがあれば…」と、みずから入党してくださいました。長い間、さまざまな苦労をのりこえ今日まで生きてこられた方が、残りの人生を共産党員として生きようと決心されたことに、深い感動と敬意をおぼえました。…十五人の方々はそれぞれ万感の思いを込めて入党されたのだとおもいます。

 歴史的な政治決戦もいよいよ本番に突入。私も、政治を変えたいと願った青春の志や、自民、公明党政治への怒り、これまでの悔しい思いなど、共産党員としての万感の思いをこの決戦にぶつけようとおもっています。

2009年6月15日 男の顔は履歴書?

 日本郵政の西川善文社長の進退問題をめぐり、鳩山邦夫総務大臣が辞任しました。
 
 かんぽの宿などの不動産売却だけでなく、郵貯カードの委託事業にも西川氏の出身である三井住友銀行グループが関与しており、この問題の核心は、銀行業界が郵政民営化をつうじて、郵貯・簡保など国民の資産を食いものにしてきたことにあります。

 しかし、自民党は選挙資金を用立ててもらっている銀行業界に遠慮して西川おろしができず、新聞・マスコミも大広告主である銀行業界の利権を正面から取り上げようとはしませんでした。核心をつく追及で、西川辞任を求めてきたのは日本共産党だけです。

  先日、西川追及の急先鋒である私の部屋に、日本郵政の幹部・T氏が訪ねてきました。T氏は金融庁のトップをつとめた人で、数年前からの知り合いです。T氏が、「西川社長はああいう悪相だから損をしている。本当はいいところもあるんです」というので、「そうかなぁ、素直に内面が表われているだけじゃないの」というと、お茶も飲まずに帰っていきました。
 
ジャーナリストの故・大宅壮一氏は「男の顔は履歴書である」という格言をのこしました。男性は一定の年齢をこえたら、生き方や心の内が顔に表れるという意味でしょう。ちなみに、作家・藤本義一氏は「女性の顔は請求書である」といいました。藤本格言の真偽はともかく、大宅氏の指摘は、少なくとも西川社長やいまの総理大臣には当たっている気がします。

2009年5月18日 絵本のすすめ

 先月、札幌で、久しぶりに岡ちはるさん(衆院二区候補)の演説を聞き、思わず涙が出てしまいました。岡さんは今の政治の冷たさを、つらいおもいをしている子どもの心の動きやことばをつうじて浮き彫りにし、こんな政治はもう変えましょう、と結びました。人の心をうつすばらしい演説でした。

 岡さんの話を聞いて頭にうかぶのは絵本の世界です。
 二年前に柳田邦男さんの「大人が絵本に涙する時」(平凡社)を読みました。心の潤いを取りもどすために大人こそ絵本を読もうという「絵本のすすめ」で、以来、絵本の収集が私の秘かな趣味となり、現在、蔵書は三十冊をこえました。
 
 絵本の中の子どものことばには、人の心を大きく揺り動かすものがあります。
 中でも実話をもとにした「エリカ・奇跡のいのち」(ルース・バンダー・ジー)は何度読んでも胸がつまります。第二次世界大戦中、ユダヤ人を強制収容所に運ぶ汽車の窓から、一人の母親が生後間もない女の赤ちゃん(エリカ)を毛布にくるんで投げ出します。運よく村人に拾われ、成長したエリカは母のおもいを理解します―お母さまは、じぶんは「死」に向かいながら、わたしを「生」にむかってなげたのです、と。

 私には岡ちはるさんのような話はできませんが、子どもに寄り添う気持ちだけは忘れないようにしたいと思います。収集した絵本は、いつか孫ができたら読み聞かせをするつもりですが、今のところ自分で読んで自分で泣いています。

2008年




 


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